X線回折の直接法、自由電子レーザーによる撮像

単結晶X線回折の「直接法」を完成させたKarleとHauptmannは1985年のノーベル化学賞をもらっています。 https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1985/summary/ 多数の回折スポットの強度を組み合わせて漸化式的に位相(原子位置)を改良していく「Σ2関係式」を見つけたのが決め手のようです。わかりやすい解説は下記。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj1959/38/5/38_5_313/_pdf https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj1…

スペックルパターンと位相問題

自由電子レーザー自身も技術的に面白そうですが(特にキャビティを作るための半透鏡をどうしているか?)、それはまたの機会に調べることにして、1分子からの干渉パターンによる構造決定法を見てみましょう。 レーザーは可干渉性(コヒーレンシー)が高いので、散乱体が複数あるとその周りに干渉パターンができます。可視光のレーザーを壁などに当ててスポットを見るとギラギラした明暗の模様が見えませんか?これをスペックルパターンと言い、壁の細かい凸凹からの反射光が干渉したものです。 スペックルパターンはは波長程度の動きを拡大して反映するので、いろいろなセンシングに使われます。 https://en.wikipedia.…

世界の研究所 The Lineac Coherent Light Source (米国)

38年ぶりの阪神優勝だそうで、ファンの皆様はおめでとうございます。カーネルサンダース人形は今回は無事でしょうか。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84 今週は先週の続き、原子像を見る新しい手法の解説で、X線自由電子レーザーを使う方法です。世界の研究所は、日本のSACLA(Spring8に併設, 2011年にレーザー成功)でもいいのですが、そ…

西行(10) 銀の猫

金曜日に読んでいる西行(さいぎょう)の解説書は西行の最後の東北への旅の続きです。69才で徒歩で行くのですから気力と体力が伴っていなければなりません。 「吾妻鏡」に有名な記述(真偽不明)が紹介されています。 1186年8月に鎌倉を通った際、頼朝に和歌の講義に加えて、弓と馬術の技術について語ることを依頼されますが、「出家の際に家伝の弓と馬術は罪深いものとして自分の心から消し去って忘れてしまった。 和歌については、月や花をみて心に感じたままを31文字に表しているだけで、特に深いことはない」と語って、贈られた銀の猫を門前の子供に渡して去っていったということです。 西行がこの旅で寄付を募りに行った平泉の…

クライオ電顕像に原子を当てはめるアルゴリズム

クライオ電顕では、初期では10Å、現在は2Å以下の分解能で3次元の像が得られますが、原子よりは大きいので、そこに何の原子があるかということはコンピュータと人間による推測になります。 生体分子で重要な炭素、窒素、酸素は原子番号が近いので、クライオ電顕で区別するのはたいへんです。一方、単結晶X線回折では分解能が原子よりも小さいので(回折像の位相問題があるのでまた別種の問題がありますが)原子種の区別はほぼ自動でできるので、クライオ電顕よりは信頼性があります。 そこで、クライオ電顕では分子の一次構造(アミノ酸や核酸塩基の配列)の情報も使ってコンピュータに推測させる方法が開発されています。 その結果、き…

多数の画像から3次元像を再構成するには1つの軸に関して傾ける

クライオ電顕で、タンパク質分子のいろいろな方向からの2次元画像をたくさん集めて3次元構造を復元するFrankのソフトウェアの本人による解説は下記で読めます。 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2844734/pdf/nihms180050.pdf 透過電子顕微鏡は少し色がついた透明な物体に上から平行光をあてて、その半透明の影を2次元画像として撮影するようなものなので、2次元投影図がたくさんできます。 粒子がどっちを向いているかを決めるには、同じ物体に対して照射方向を傾けた画像をいくつか測定すればいいというのがミソです。傾けることで照射方向…

クライオ電顕のノーベル賞受賞者の寄与

クライオ電顕(Cryo-EM)の解説動画は下記がわかりやすいです。 https://www.youtube.com/watch?v=6G550DfY75Q https://www.youtube.com/watch?v=026rzTXb1zw 電顕でタンパク質を見ようと思い立ち、15年(1975-1990)頑張って筋道をつけたのがイギリスのProf. Richard Hendersonで、タンパク質を低温にすれば電子線で破壊されないことを示しました。 急速に水溶液を冷やすことによって氷の結晶が邪魔しないようにする(アモルファスにする)方法を開発した(液体窒素で冷やしたエタンに突っ込む)のが昨日…

世界の研究所 European Molecular Biology Laboratory

先週末は、結晶学の学会に行ってきました。立場上そういう役回りなのだと思いますが、最近は招待されると仕事が一緒についてくるので気力と体力を消耗します。 結晶学というのは物質中の原子位置を決定する体系で「空間群」「位相問題とその解決法」など基本的概念は50年以上前に確立していますが、最近は電子顕微鏡や放射光の発展と情報科学(いわゆるAIやデータサイエンス)の進歩で、結晶を作らなくても原子の位置がわかるようになっています。装置面での著しい進展に驚きました。 今週の世界の研究所は、装置が市販されるようになり急速に普及しているcryo electron microscope(クライオ電子顕微鏡)を用いた…

西行(9) 小夜の中山

金曜日に読んでいる西行(さいぎょう)の解説書はあと2~3回で終わります。 69才の時(1186)、平清盛に破壊された東大寺の再建のための勧進(募金)のために東北の奥州藤原氏のところに向かう旅をします。この旅において有名な和歌とエピソードが残されています。 途中で静岡県掛川市の難所「小夜の中山」を通過するときに有名な和歌2つを詠んでいます。 (詞書) あづまの方へ相知りたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの昔になりたるける思ひ出でられて 年たけてまた越ゆべしと思いきや 命なりけり小夜の中山 Little did I guess / I’d ever pass so many years…

金属ナノ粒子の光物性と触媒作用

半導体の量子ドット以外にも、物質を微粒子化するとユニークな性質が現れます。たとえば、金をガラスに混ぜると赤いきれいなガラスができることは初期の錬金術師(遅くとも900年ころ)が見つけていますが、金はナノメートルサイズの微粒子としてガラスに混じっています。 下記はガラスメーカーのダウコーニングの博物館のサイトです。 https://www.cmog.org/article/gold-ruby-glass この色は、金属中の自由電子が光によって揺さぶられて動くときにできる「プラズモン」による光吸収です。吸収波長は自由電子密度と形状で決まります。通常の金属では光の波長とプラズモンの波長が合わないため…