ダイヤモンドの他の応用:高い熱伝導とドーパントの量子的性質

ダイヤモンドの最近の用途としては、高い熱伝導性を利用した放熱材料と、窒素をドープした時の量子力学的応用があります。一つずつ解説します。 熱伝導度は、格子振動の1モードあたりのエネルギー(別の言葉でいうとフォノン phonon のエネルギー)が高いほど高くなります。これは、軽い原子で化学結合が硬いと高くなるので、ダイヤモンドが最高になります。 コンピュータのCPUの冷却グリスには銀やダイヤモンドの粉が入っていますが、ダイヤモンドのほうがよく冷えるというのがカタログスペックです。また、車載用などのパワー半導体の放熱のためダイヤモンドが考えられています。絶縁性と高い放熱性能の両方がある物質は少ないで…

ホウ素ドープダイヤモンドとセンサー応用

昨日はナノダイヤモンドの生体適合性の話が出てきました。ダイヤモンドは反応性が低いので、色々な場面で役立ちます。たとえば、ホウ素をダイヤモンドに高濃度(数%)ドープすると金属になりますが、これは反応性が低い電極として使い勝手が良いです。 電気分解する際、電極表面で電解液中のイオンと電荷をやりとりするために余分なエネルギーが必要です。これを過電圧 overpotential と言います(エネルギー(Joule)を素電荷e=1.6x10^-19Cで割ると電圧(Volt)になる)。 ホウ素ドープダイヤモンド電極はいろいろなイオンに対して過電圧が極めて大きいことが知られています。これはダイヤモンドの反応…

爆轟法によるダイヤモンドの合成

連休前は人工ダイヤモンドの話をしていました。続けます。 先週紹介していなかったダイヤモンドの重要な製法として、「爆轟法 detonation synthesis」というのがあります。これは、鉄製の強固な容器の中に爆薬を密閉して爆発させ、瞬間的に発生する高温高圧を利用してダイヤモンドを合成する方法です。 1988年ころロシアで開発されたようです。 https://www.nature.com/articles/333440a0 ナノメートルサイズの粉体しか得られませんが、期限切れの爆薬の有効活用の方法として有効です。ダイヤモンドは25%ほどで、sp2炭素である煤(すす)も大量に得られるので、濃い…

合金+大気圧CVDによるダイヤモンド合成の論文

月曜日に紹介したダイヤモンドが1気圧でできるという論文をちゃんと読みました。 Gaを主成分、Fe,Coを含みSiを0.5%程度含む液体金属に1気圧のメタンと水素の混合ガスを1000℃付近で吹き付けると、ダイヤモンドが表面より少し下でできるという実験事実を報告しています。 Gaだけではあまり炭素を溶かさず、メタンを吹き付けるとグラファイトができます。Feなどを入れると炭素がよく溶けるようになります。Siはダイヤモンド中にドープされるようです。特有の蛍光が出ています。 Siがないとグラファイトになってしまうことと、Siが取り込まれていることから、sp3を好むSiの存在がグラファイトでなく準安定なダ…

ダイヤモンドのCVD(化学気相蒸着)

ダイヤモンドは高温高圧だけではなく、気相蒸着で作ることもできます。この場合は減圧下です。メタンやエタノールと水素を流して、炎や放電などで水素ラジカルを発生させると、熱力学的に安定なsp2炭素が水素ラジカルと反応して気相に戻りやすいことを利用します。sp3炭素は水素ラジカルとの反応性がより低いので基板に堆積してダイヤモンドができるという原理です。適正な温度は約1000℃の狭い範囲です。下記は簡単な歴史と宝石級ダイヤモンドの例が載っていますが、ここで紹介されている会社はもうありません。なかなか宝石を作るビジネスは難しいということかなと思います。 https://www.gia.edu/doc/Ge…

高温高圧によるダイヤモンド合成とダイヤモンドやすりの製法

ダイヤモンドについては、2021年2月1日「今日の英語」でDe Beers社を紹介していますが、合成法については詳しく説明していませんでした。 https://www.sekaiken.com/?p=1137 ダイヤモンドが炭素でできていることは、元素Ir, Osを発見した英国のS. Tennantによって1797年に証明されました。 https://en.wikipedia.org/wiki/Smithson_Tennant まず、ダイヤモンドは1気圧では準安定で、グラファイトのほうが安定です。ダイヤモンドを熱力学的に(=ゆっくり)合成するには、0ケルビンでも1.7GPa(17000気圧)が…

分子動力学における温度の設定

分子動力学の醍醐味は、「温度」を設定できることです。温度は、各粒子のエネルギーの揺らぎの幅と考えていいと思います。温度を扱う体系は「熱力学」とか「統計力学」と呼ばれていて、「熱力学」は確立された古い学問だと思われていましたが、確率に関することも密接にかかわってくるので、最近のコンピュータの発達に伴う情報の予測などでアナロジーの元となってまた面白くなっています。 これらを学ぶには、分子動力学シミュレーションをやりながら教わるとわかりやすいと思います(もちろん、学生側が分子に関心がなければついてこないでしょう)。なかなかその講義をする機会はないですが、1学期16回分を組み立てるのは面白そうです。 …

ReaxFFによるシミュレーション結果

昨日は午後数時間をかけてReaxFFでやりたかったことができるようになりました。化学式MoS2の層状構造をもった無機物のReaxFFパラメータが論文で公開されていたのを解読して314個のパラメータを取り込ませて分子動力学エンジンLammpsで計算できます。これでいろいろ実験結果の理解が深まります。 例えば、この物質を閉鎖空間で強熱すると融解すると思われますが、第一原理計算では計算時間がかかりすぎて再現が難しいです。動画にしたのが下記です。これでいろいろモデルを設計できるようになります。 https://youtu.be/_D32aIu8oW4 パラメータの記述の形式がわからずエラーを多発しまし…

分子運動のシミュレーション

分子動力学計算をすると例えば下記のような動画が得られます。これは私が計算した有機分子(フタロシアニン)の蒸着過程です。これは12コアの計算機で数時間で終わりました。 https://www.youtube.com/watch?v=87oRvq8zmUA 原子がピョコピョコ動いているのが分子振動で、10^-12秒(1ps)の桁の時間です。 分子をバネと質点であらわすのが古典分子動力学で、上の動画はそれです。粗い近似で、化学結合の組み換えは扱えません。 例えば、CO2が水に溶けて炭酸水になる過程などの計算はできません。 一方、量子力学を使って分子の電子状態をちゃんと考えてから復元力を求めて行うこと…

世界の研究所: Penn State Materials Research Institute と ReaxFF

今週の世界の研究所は The Pennsylvania State University (PennState) の Materials Research Institute を取り上げます。Penn Stateは、昔から材料科学に強く、特に強誘電体の研究では世界的な研究者がたくさんいました。 https://www.mri.psu.edu/mri/facilities-and-centers 現在は2次元物質、強誘電メモリ、誘電体及び強誘電体、環境発電、原子層コーティング、電池及びエネルギー貯蔵デバイス、放射能、バイオデバイス、計算科学、自己組織化有機エレクトロニクス、半導体加工ハブ、社会実…