患者から切除した組織を使った脳科学実験

ベルリン医科大学はRobert Kochという細菌学の創始者がいたので感染症の記事が多いのかなと思っていましたが、脳科学や遺伝子治療のプレスリリースが多いのは、これらの分野に新しいことが多いためでしょう。今日は独特の実験による脳科学です。 (1) https://www.charite.de/en/service/press_reports/artikel/detail/why_deep_sleep_is_helpful_for_memory (2) https://www.charite.de/en/service/press_reports/artikel/detail/when_thou…

HIVの7人目の完治例

Charité(ベルリン医科大学病院)は月に約1回、新しい治療法などのプレスリリースをしています。大規模な病院だからなのでしょうか、わりと多いほうではないかと思います。今日紹介するのは去年の7月の分で、昨日同様に免疫系が関係しますが、HIV(エイズウィルス)に関するものです。HIVは免疫で中心的な役割をするT細胞リンパ球に感染する厄介な病気ですが、”Berlin Patient”という完全にHIVを体から追い出して完治で来た患者の2人目を報告しています。一人目は2008年だそうなので、間がだいぶ空いていますね。よく効く薬ができていてウィルスを抑え込むことはできますが、完…

脳オルガノイド研究の倫理

IPS細胞技術が扉を開いた分野の一つとして、organoid(日本語ではオルガノイド、英語は「オ」ーガノイド)があります。これは、ヒトの普通の細胞をリセットすることで胚細胞をつくり、目的の臓器への分化を促す分子を投与しながら培養することで、小さい臓器をつくるものです。 https://ruo.mbl.co.jp/organoid/overview/ 病気の原因の解明や新薬の効き方を見る実験などをヒトの臓器の生きた組織を使ってできるので非常に有効です。問題は、脳のオルガノイドを作る場合の倫理をどうするか、です。私の倫理観では、脳のオルガノイドはかなり「たましい」を持っている気がするので、あまりい…

自我は脳梁膨大後部皮質(retrosplenial cortex)に宿っている?

精神医学におけるAIを使った研究の成果はいろいろ出ていますが、解説付きの下記を見ましょう。 https://med.stanford.edu/news/all-news/2025/01/brain-cell–periodic-table–for-psychiatric-disorders-reveals-ne.html これは先週の話で、まだ雑誌のwebに論文があがっていないようですが解説で概略はわかります。32万人のゲノムを調べて統合失調症に関連する疑いがある287の遺伝子を特定しました。 解剖で得られた脳の105の領域からとられた337万個の細胞中でどの遺伝子が発現…

炭酸リチウムは精神疾患の薬

教師をしていると、行動に変調をきたす学生の対応が必要な場合があり、精神科医のサイトを参考にすることがあります。特に下記は、我々とは異質ですが極めて緻密で配慮に富む思考を知ることができてたいへん勉強になります。紹介されている著書も何冊か読みました。 https://kokoro.squares.net/ 「脳内の状態が○○病と同様になっていると考えられます」という記述が多く出てきます。その「状態」というのはよくわかっていないようですが、昨日紹介した「患者さんのDNAから小規模の神経ネットワークを作ってその代謝制御機構を調べる研究」でいずれ明らかになるだろうと思います。逆にこれまでそれがわからない…

世界の研究所:Pscychiatric Genomics Consortium

今週は、大規模な分子・遺伝子データの解析による精神医学の進展が見えてきているので、紹介したいと思います。各国いろいろなところに研究設備がありますが、論文を見る限り日本ではあまり活発ではないように見えます。 いくつか研究集団があり相互に協力しているようですが、一つはPscychiatric Genomics Consortium という団体が統括しているようです。36か国の800人以上の研究者が参画しているそうです。事務局は米国の Univ. North Calorinaにあるようです。 https://pgc.unc.edu/about-us/ youtubeの一般向けの解説があります。 ht…

Human Cell Atlasプロジェクトで日本の機関からの論文が見えないのはなぜか?

Human Cell Atlasプロジェクトで日本の機関からの論文が見えないので勝手に心配しています。下記には理研がHuman Cell Atlasの4つの中核機関の一つとなっていて、アジア人に関する解析を取りまとめると書いてありますが、2017年の話です。 https://www.riken.jp/pr/news/2017/171220_1/ 下記は内閣府の報告書ですが、予算が足りなさそうです。装置などが巨額化するとともに、生物と情報がからんでくるので一人のPI(独立研究者)だけでは回せなくなっている、という話です。装置を自国で作っていれば税金を投入してもいいと思いますが、海外を潤すだけなの…

細胞の種類の同定に単一細胞のmRNAの種類と量を使う

身体の細胞の種類を一つ一つ同定するための最も確かな方法は、その細胞のDNA発現パターンを知ることです(single cell transcriptomics)。一人の細胞のDNAは全身で同じでも細胞の種類によってどの遺伝子が発現して必要なタンパク質を作っているかが異なります。タンパク質の分析(proteomics)は大変ですが、その手前のmRNAはPCR法を使って微量でも分析することができます。 https://en.wikipedia.org/wiki/Single-cell_transcriptomics に手法が解説されています(ちょっと簡略)。 https://www.nature.c…

Human Cell Atlasの中身

Human Cell Atlas の中を見ると例えば下記のページが肺のデータだそうです。黒い umap という図形が細胞の種類や地域性別などのチェックボックスをon/offすると変わりますが、何を示している図なのか、意味がよくわかりません。 https://cellxgene.cziscience.com/e/066943a2-fdac-4b29-b348-40cede398e4e.cxg/ 解説記事を読んでみることにしましょう。下記にはコンピュータがHuman Cell Atlasにどのように使われるか書いてあります。 https://www.nature.com/articles/d415…

世界の研究所:Human Cell Atlasプロジェクト

今週は、最近進展が報告された国際プロジェクト Human Cell Atlas(人体細胞地図)について調べます。 https://www.humancellatlas.org/ Nature誌が最新号で特集を組んでいます。 https://www.nature.com/collections/jccbbdahji 2018年に開始され、資金源はMeta社(旧Facebook)のZackerbergと妻のChanの財団 Chan Zackerberg Initiative が太いところです。 多くの人(現時点で9000人)から細胞の提供を受け、全世界の1700機関の3000人の研究者が協力して人…