T細胞の攻撃対象である抗原対応性を外から編集したCAR-T細胞療法は万能なわけではなく、効かない場合もあります。よくまとまった下記の論文を見つけました。
https://jhoonline.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13045-021-01209-9
一つは、CAR-T細胞が標的とするMHC-Iを隠している(抗原消失)がん細胞があると対応できません。これは胎児がごく小さいときに母親の免疫系に攻撃されないようにMHC-Iを隠す方法が遺伝子に組み込まれているためのようです。がん細胞はいろいろな変異をおこして免疫系をかいくぐったものが生き残るので、MHC-Iが細胞膜表面に出ていないものもあるとのことです。対応方法は、MHC-Iを隠す仕組みを妨害する方法、MHC-I以外のシグナル分子で特異的に出ているものを見つけてそれに反応するCAR-T細胞をつくる方法、MHC-Iがない細胞を専門に見つけて殺傷するNKT細胞を使うことです。これらはまだ開発初期段階のように見えます。
二つ目は、PD-L1などのT細胞の攻撃を止めるためのシグナル分子を出している場合です。これはCAR-T細胞側にその受容体(停止ボタン)を持たないように遺伝子編集で細工します。ちょっと副作用が怖いですが、仕方ありません。
三つめは、通常細胞が持っているCD58という攻撃性を強める(T細胞の増幅など)シグナル分子がない場合。この場合は、CAR-T細胞の中に別の活性化因子を導入することで対応できるそうです。
四つ目は、細胞内の制御系統が壊れていて、fasLのアポトーシス命令を作動できない場合。これは他の抗がん剤の併用で対応するそうです。
T細胞の体内寿命は数年だそうなので、しばらくは再発に対してパトロールしてもらえると思います。しかし正常細胞にも出ている抗原を使うしかない場合など副作用がある場合はそれが持続することになるので、何かのシグナルでCAR-T細胞を自爆させる仕組みを入れておく方法も提案されています。
CAR-T細胞療法で「遺伝子治療」というのが目に見える形で実用化されたインパクトは大きいと思います。関連企業の費用を下げる努力に期待したいです。
英語は https://jhoonline.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13045-021-01209-9 から。
antigen 抗原
impaired apoptotic machinery 故障したアポトーシス機構
“armored” CAR-T cell 「装甲された」CAR-T細胞
“Understanding how tumor cells resist CAR T cell therapy is a crucial step toward the development of strategies to improve CAR T cell efficacy.”
resist 抵抗する
a crucial step toward ~に重要なステップ
strategies 戦略
efficacy 有効性
“Fundamental and clinical studies on evasions to monoclonal antibody treatment were instructive as some resistance mechanisms are shared with CAR T cells given that both treatments are responsible for a selection pressure on a specific tumor marker.”
fundamental and clinical studies 基礎及び臨床的な研究
evasion 回避
monoclonal antibody モノクローナル抗体
a selection pressure 淘汰圧