半導体を作るための微細加工(リソグラフィ)は、シリコンウェファの上に感光樹脂(フォトレジスト)を塗って、設計した回路図を写しこむのですが、小さい構造には、波長の短い光源が必要です。ArFレーザー(波長193nm)などの紫外光源が作られましたが、その先は一足飛びにレーザープラズマ光源になりました。これは、物質に強いレーザーを当てて価電子を揺さぶることで高い励起状態を作るものです。その際、化学結合が切れ、電子も原子から切り離されるのでプラスのイオンと電子に分かれたプラズマが発生します。さらにそれらが光を吸収するので、非常に高温になり、高速電子の衝突等で内殻電子も励起されます。これがもとに戻る時に軟X線を発生します。このレーザープラズマ光源の原理は1980年代に開発されました。波長に少し幅のある光源です。
これをリソグラフィに使おうとするプロジェクトが各国で行われました。日本は国家プロジェクトで関連企業を集め、気体のキセノン(Xe)を使おうと頑張りましたが、米国Cymer社が錫(スズ、Sn)の液滴を使ったプラズマ光源の実用化で一番乗りを果たしました(2009年)。オランダのASML社が2013年にCymer社を買収し、独占的に自社のリソグラフィ装置で使っています。10年前のここが半導体微細加工産業の分岐点ですね。古い話ではありません。
https://www.cymer.com/history/
波長は13nmで、一気に短くなりました。軟X線に対するレンズを作れる物質は無いため、曲面の鏡を使って平行光を作ることになります。
鏡の材質も問題で、その波長で反射率が高くないといけません。モリブデン(Mo)をベースとした多層膜が使われていると聞いています。シンクロトロン放射光やレーザープラズマ光源を使って色々な物質の軟X線に対する光学定数が測られたので、そのデータを使って考え、最終的には自分たちで測定したのではないかと想像しています。
後知恵になりますが、微小な金属の液滴を使うと点光源になるので平行光を作りやすい質の良い光源(業界用語では「輝度が高い」と言う)になります。また、気体のXeよりも物質の密度が高いので励起の効率もよく、強い光が取り出せると思います。Snになったのは、化学的安定性、価格、融点(液滴の作りやすさ)、発光波長などが決め手になったのではないでしょうか。
Snのカスが飛び散りますが、巧妙な仕組みで光だけを取り出しています。
光源を含む2nm級のリソグラフィの装置は一台500億円と聞いています。検索するとボーイング787-8が1基$239M=360億円(151円換算)なので、同じくらいですね。現在は長い予約の列ができているそうで、いいビジネスです。
日本勢がなぜうまくいかなかったか、については、過去の米国との半導体摩擦の影響で米国国立研究所との協業を断られたことを指摘する記事があります。どうでしょうか。
https://diamond.jp/articles/-/318086
光源を開発したCymer社の中の人が書いた論文を見つけました。Snの液滴にまず弱いレーザーを当てて棒状に変形させ、それから本番のレーザーパルスを当てることでリソグラフィに都合がいい光を作っているようです。この辺も特許で守られているのでしょう。レーザーがCO2レーザーだったのも驚きです。
https://www.degruyter.com/document/doi/10.1515/aot-2017-0029
次は波長が1桁nmの光源が出てくるかもしれません。この辺はシンクロトロン放射光の光学部品が使えるので、上手い光源が見つかれば後発にもチャンスがあるかもしれません。
波長13nmの光で2nmを作ろうとすると干渉露光、多重露光が出てくるので、レジスト感度の非線形性が必要です。軟X線に対するレジスト開発も面白そうですが、公開情報はあまりありません。秘密にしないといけないので、大学ではできない研究かもしれません。
英語は https://www.lithoguru.com/scientist/glossary/ 等から。このサイト主はリソグラフィの教科書を書いている人(litho+guru)のようです。2007年なので、プラズマ光源は載っていないでしょうね。
最新のリソグラフィについては共著してくれる経験者を募集中、とのことで、この業界では公開されていない情報がたくさんありそうです。
良い論文の書き方、というのも公開されています。https://www.lithoguru.com/scientist/litho_papers/How%20to%20write%20a%20good%20scientific%20paper%20-%20Chris%20Mack.pdf
次のエッセイも面白かったです。飛行機の発達とリソグラフィを対比させ、EUVリソグラフィは高価すぎてコンコルドのように使われなくなるだろう、と予想しています(2012年)。これは、はずれていますね。
https://www.lithoguru.com/scientist/essays/EUV_SST.html
guru グル、ヒンズー教などの導師、権威者、専門家
aberrations, lens レンズの収差
pupil, lens レンズの入射瞳 pupil ピューピるは「瞳」
iris アイリス 眼の虹彩、カメラの絞り、植物のアヤメ
bokeh ボケ(写真用語。日本語が英語になった)
“Saggital Lines: Line patterns oriented along the radial direction from the optical axis (i.e., the center) of an imaging system.”
saggital は 矢軸状 と訳します。矢羽根のように放射状に広がった形
surfactant 界面活性剤
“Stepper: A type of projection printing tool that exposes a small portion of a wafer at one time, and then steps the wafer to a new location to repeat the exposure. Also called a step-and-repeat camera.
Example: Since their introduction in the late 1970s, steppers have dominated the lithographic market. “
“immersion lithography : A mode of optical lithography where an immersion fluid, with a refractive index greater than 1, fills the gap between the projection lens and the wafer. ” 液浸リソグラフィ