マキャベリ (8) 旗幟を鮮明にすべし

今週のマキャベリは、第21章まで。有名な言葉がいくつかあります。
1.君主は獅子と狐の両方の性質を持たねばならない。世の中が腐りきっているときには善い行いが身を亡ぼすことがある。
2.君主が尊敬を受けたいならば、敵か味方かを明言することである。こういう態度に出る方がどっちつかずでいるよりもはるかに役に立つ。勝った方は逆境に対して手助けをしてくれなかったものを味方にしたいとは思わないし、負けたほうは剣をとって運命を共にしてくれなかったことから次に味方しようとは思わないからである。

1.についてはローマ帝国のネルウァ=アントニウス朝~軍人皇帝時代の例を挙げています。ほとんどの場合、クーデターで数年で皇帝が変わっています。特に、193年は皇帝が5人います。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%86%85%E6%88%A6_(192%E5%B9%B4-197%E5%B9%B4)

3世紀のローマは、版図が広がりすぎたせいか、辺境の軍司令官がローマに攻め上ってきて皇帝になるという憂鬱な時代です。仁政を敷こうとした皇帝はすぐ暗殺され、強い辺境司令官の存在を許さず一人一人だまし討ちにする専制君主型が唯一成功したパターンのようです。結局、395年に帝国は東ローマと西ローマに分かれ、民族大移動で移動してきたゲルマン人を傭兵にして治安を維持した結果、そのクーデターで476年に西ローマ帝国は滅びます。個人ではなく社会構造で歴史が作られるという古典SFのアシモフのFoundationシリーズの着想を与えているといいます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

2についてはイタリアの歴史上のいくつもの例を挙げています。日本で有名なのは戊辰戦争のときに中立を目指した藩の悲劇でしょうか。
https://nagaoka-navi.or.jp/feature/samurai/kawai
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E7%99%BE%E4%BF%B5

西ローマ帝国 Western Roman Empire
Imperial court 皇帝の宮廷
Romans did not consider the Empire to have been split into two empires but viewed it as a single polity governed by two imperial courts as an administrative expediency. ローマ人は帝国が2つに分かれたとは考えず、行政上の都合で2つの朝廷が治める1つの政治体として見ていた。
polity 政治形態、政治組織体 「ポ」りティ level 13
expediency エクス「ペ」ディエンシ 便法 level 14
軍人皇帝 Barracks emperor
barrack 兵舎 バラック

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